カンティレーネ

※文末に追記があります

Fig.1 via Carus 50.239
Fig.1 via Carus 50.239
Fig.2 via BSB Mus.ms. 4618
Fig.2 via BSB Mus.ms. 4618
Fig.3 via IMSLP
Fig.3 via IMSLP
Fig.4 via.50.242
Fig.4 via.50.242
Fig.5 via BSB Mus.ms. 4618#Beibd.
Fig.5 via BSB Mus.ms. 4618#Beibd.
Fig.6 via Novello NOV010171
Fig.6 via Novello NOV010171

Fig.7 via Butz Verl.-Nr.1210
Fig.7 via Butz Verl.-Nr.1210
Fig.8 via Amadeus BP 2381
Fig.8 via Amadeus BP 2381
Fig.9 via Forberg Orggelwerke I
Fig.9 via Forberg Orggelwerke I

ラインベルガーのオルガン音楽で3本の指に入る人気曲はオルガンソナタ4番、同8番、そして同『11番 ニ短調 作品148』の第二楽章「Cantilene カンティレーネ」(これだけは単独)です。このカンティレーネでちょっと遊んでいましたら、ミスプリントに気づきましたのでゴニョニョやってみたいと思います。対象はCarusの批判校訂全集第39巻(50.239)およびそこから分冊された単行本(50.148)とします。

 

まずFig.1をご覧ください。この曲では右手のメロディで、タイで音符が結ばれた箇所があります。赤四角囲みの該当箇所8小節目までに8件見受けられます。ところが、赤丸箇所の8小節目1拍目裏と2拍目のイ音はタイで結ばれてません。

 

あれ? これパターンからするとちょっと違うんじゃない? 全体をスラーで囲っているのに、フレーズ変わっちゃうし。

 

それでは、Fig.2の直筆譜を見てみましょう。やはり該当箇所のイ音はタイで結ばれています。どうやらミスプリントは確定しました。参考までに初版のForberg版を見てみましょう(Fig.3)。この版ではタイ結ばれていません。どうやら初版の段階でタイが欠落した模様です。ただし、出版に当たり、校正時ラインベルガーが修正の指示を出したのかもしれません。

 

ラインベルガーは自身のオルガンソナタのほとんどを、ピアノ連弾4手用に編曲して原曲とほぼ同時に出版しています。では、4手版の楽譜を見てみましょう(Fig.4)。やはりPrimoの該当箇所はタイで結ばれています。念のため、4手版の直筆譜を確認してみましょう(Fig.5)。これもタイで結ばれています。やはりタイで結んでいるのが正しいようです。全集第39巻の批判校訂報告を確認してみますと(p.261)、この8小節目に関しては何も触れていません。原曲初版でのミスプリントが批判校訂版で見過ごされたようです。

 

さて、世の中のオルガニストがどのようにこの箇所を演奏しているか聴いてみましょう。WebMasterは5種類の録音を持っていますが、

  • ブルース・スティーブンス (Raven)
  • ヴォルフガング・バウムグラッツ (Motette Records)
  • エスター・シアルム (Motette Records)
  • ルドルフ・イニッヒ (MDG)
  • ヴォルフガング・リュブザム (Naxos)

どのオルガニストも、タイで結ばず弾き直してますのでフレーズが変わります。楽譜に忠実何でしょうが、よくよく考えるとこの7-8小節目全体のスラーを考えると、ここで弾き直した場合はフレーズが変わりますから、矛盾すると思わなかったのでしょうか。Youtubeにアップロードされている動画をいくつか見ましたが、どれも弾き直してますね。

 

ちなみに校訂が独自すぎるハーヴェイ・グレイス版(Novello)を確認してみましょう(Fig.6)。なんとグレイスはWebMaster同様この箇所の矛盾に気づいたようで、括弧付きですがタイを補筆しています。

 

Carus批判校訂版以外のAmadeus版やButz版は所持していないため確認できませんが、両社ともForberg初版を底本にしているはずですので、ミスプリントのままだと思われます。この項を確認した方は、今後は該当箇所をタイで結んでくださいネ。

 

(2021/Apl/19追記)

Butz版とAmadeus版が手に入りましたので、該当箇所を見てみましょう。まずButz版(Fig.7)ですが、これは予想通りタイで結ばれていません。Butz版はある程度批判校訂版を参照しつつ初版を底本にしていると思われますので当然でしょう(ソナタ3番の注釈から想像できます)。それではAmadeus版(Fig.8)を見てみましょう。なんとAmadeus版は該当箇所はタイで結ばれています。これは批判校訂版を参照していないでしょうから、独自にミスプリントに気づいて独自に修正を施したのでしょう。ただ修正するならするで、注釈がほしいところです。Amadeus版のみを使っている方は、たまさかですが正解を選んでいますね。

 

ということで、Cantilene を演奏する際は、今後は該当箇所をタイで結んでくださいね ^^。

 

【NEW!!!】2022/Jan/30

もう一点検証するべき楽譜があったのを忘れていましたので、追加しました。Carusの批判校訂全集(1992/2002)でオルガン作品を担当しているMatin Weyerは1965年にForbergからラインベルガーのオルガン作品選集を出していまして、これも検証してみましょう。

 

Fig.9 を見てください。びっくり! Weyerも該当箇所をタイで結んでいません。初版のミスプリントをそのまま踏襲したようです。その上Weyerは全体のスラーを省いて独自の記号を使っていますので(黄色丸で囲んだ箇所)、完全にフレージングが変わってしまいます。独自の校訂と言うことでそれはそれでいいのかもしれませんが、やはりタイでの結び忘れはあまりよろしくないと思います。あと、速度記号がAdagioではなくてAndanteになってますね。どの譜面を使うにしても、注意が必要でしょう。