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Orgelsonate Nr.20 in F-dur, op.196

(Zur Friedensfeier)

オルガンソナタ第20番 ヘ長調 作品196 "平和の祭典に"

Präludium; Intermmezzo; Pastorare; Finale


 1901年に作曲された『オルガンソナタ20番』は「Zur Friedensfeier 平和の祭典に」という副題を与えられている。ただしその「平和の祭典」が具体的に何を刺している中は、作曲家はつまびらかにしていない。ハーヴェイ・グレースは、1900年に作曲された時点で1899年に開催されたハーグ平和会議を念頭に置いているのではないかというという、G. J. ベネット(1831-1911:ウェストミンスター大聖堂のオルガニスト、デイリーテレグラフ誌音楽評論家)の推論を紹介している(グレースは勘違いしているが作曲されたのは1901年春からである)。あるいは1900年のパリオリンピックも考慮されているのかもしれない。

 

 各楽章の清書は前奏曲は4月22日に、間奏曲は5月30日、フィナーレは6月23日に完成された。パストラーレの清書には完成日の記述は見当たらないが、これまでの例に従えばフィナーレと同日であろう。(Bernhard Billeterにより校訂されたAmadeus版前奏曲は4月21日、フィナーレは6月22日に完成と解説されているが、直筆譜を見る限り明らかな間違いである)。

 

 作曲家自身は大バッハの平均律クラヴィーア曲集になぞらえて、「私もあなたが望むように、オルガン・ソナタをNr.24まで作曲したい。しかし、2つの困難がある。ひとつは、ピアノと違って、オルガンの音型とパッセージの多様性が限定されること。もうひとつは、私の健康状態です。これらがなければ、Nr.24まで完成させたいのですが。」(※アレクサンダー・ヴィルヘルム・ゴッシャルクがUrania誌(1902)にて紹介した、Albrecht Hänlein(1840-1909, マンハイムのピアニスト)宛ての手紙。時期は不明))と述べているようにオルガンソナタを24の調全てで取り扱いしたかったがその希望は叶わず、本作品にてオルガンソナタは打ち止めとなった。最後のオルガンソナタと同時に、最後の出版作品となり、1901年にR. Forbergから出版された。

 

 ラインベルガーは最晩年のころ知り合った若きペンフレンド、ヘンリエッテ・ヘッカーに宛てて作品196に関して以下のように言及している。

 

「... 暗闇における絵ではなく、心の中に埋め込まれていて、取り去ることが出来ないものは、おそらく作品196が数か月後に人生の舞台に登場することがあるのはそのためかもしれません - それほど重くはない不幸です」(1901年12月16日付けヘンリエッテ・ヘッカーへの手紙)。

 

 なお副題の「Zur Friedensfeier」には問題がある。実はこの「Zur (Zu der)」をどのように訳すか定まっていないのである。「平和の祭典に (to the peace festなど)」とするか「平和の祭典のために (forthe peace fest)」とするか、書誌漁によって役が定まっていない。まずハーヴェイ・グレースのラインベルガーのオルガン作品を解説した『THE ORGAN WORKS OF RHEINBERGER』では「TO THE PACE FEAST」と訳しているが(p.114)、自身が校訂したNovello版では「For the Peace Festival」としている。前述のBernhard Billeter校訂によるAmadeus版では「to celevrate peace」と英訳されている。

諸CDのライナーノートでは

  • Rudolf Innigによるラインベルガーオルガン曲全集(MDG:MDG 317 0902-2)は「For the Celebration of Peace」
  • Bruce StevensによるRaven盤(Raven: OAR-220)は「For a peace celebration」
  • Woflfgang RübsamによるNaxos盤(Naxos:8.570315)は「For a Peace Celebration」
  • Ludger Lohmannによるmotette盤(MOTETTE:CD 12231)では英訳されていない。

全体を通すと「for ために」が優勢に見えるが、弊サイトにおいては「平和の祭典に」を採用する(あまり根拠はないけれど ^^;)。